2009年12月25日金曜日

九州・中国 2週間の旅 12日目




2008年5月22日(木)
素泊まりの農林福祉会館を出て先ず近くのローソンで朝食を買いVOXYの中で食べた今回最初の経験です。
予約なしの旅だからこんなこともあるのはしょうがないでしょう。
今日は、昨年2007年7月に日本14件目の世界遺産として登録されたばかりの「石見銀山遺跡とその文化的景観」を見に行きます。

龍源寺間部と呼ばれる銀山の坑道遺跡までは小さな村落を抜ける道を歩いてしか行かれません。
駐車場から30分ぐらい歩いたでしょうか、唯一中に入れる龍源寺間部の坑道は狭く、世界遺産としての価値よりも、その時代ここで銀を掘り出していた工夫達のつらさばかりが思われた見学でした。

ここでも世界遺産センターがあり、この岩見銀山遺跡を様々な観点から解説してくれていました。
大田市へ朝来た道を戻り大田から国道9号線に入り日本海沿いに次の目的地出雲大社をめざしました。
途中、道の駅キララ多伎で日本海を眺めながらの休憩、この道の駅では大きな鮮魚売り場があり美味しそうな日本海の魚が沢山並んでいました。

カーナビは今日も間違えずに出雲大社まで案内してくれました。出雲大社には神無月の10月、日本中の神々が集まっての神議があるそうですが、5月なので静かな出雲大社をお参りすることが出来ました。
大きなしめ縄と神殿の屋根が印象的な出雲大社は縁結びの神ですが、新たな縁をお願いする必要もないのでいい縁を授かったお礼をいい、無病息災家内安全を祈ってきたのです。

出雲大社からは宍道湖の北側を通る国道431号線を松江へと走ります。
海のように見える宍道湖を見ながら、松江に入りまず宿の確保をと松江で一番良さそうな松江ホテル一畑へ行きフロントで空室を聞き泊まれることになり一安心です。

まだ時間に余裕があったので直ぐ松江城へともう一度VOXYで走りました。
城は閉館時間が来て天守閣へは上がれませんでしたが、お城の周囲は城山公園になっていて夕食前のしばしの散策は松江を楽しむには充分でした。

2009年12月24日木曜日

九州・中国 2週間の旅 11日目



2008年5月21日(水)
九州・中国の旅もあちこち見て回っているうちに今日はもう11日目、福岡から島根への移動日です。
博多駅前の西鉄インを出て福岡都市高速、そして九州自動車道から関門自動車道へと入り関門橋を門司サイドから眺める絶好地、めかりPAへVOXYを入れての休憩です。

関門橋が直ぐそばから見え、また対岸の景色も良く見えるこのPAは人気でお土産もよく売れていました。
しばらく景色を楽しんだり、お土産店をのぞいたりしてから、今日の目的地石見銀山近くまで一路中国自動車道を走ります。
ランチは中国自動車道の鹿野SAです。
食後にリポビタンDなど飲んで岩見銀山の出来るだけ近くまで行こうと頑張り今日の走行距離は417kmになっていました。
岩見銀山への足場である大田市には適当なホテルがなく、結局島根県の大田市農林福祉会館で素泊まりをしましたが、今回の旅で2軒目のひどい宿になってしまいました。
止む無く、夕食は近くのショッピングセンター内にあったガスト島根大田店で食べた11目でした。

2009年12月23日水曜日

九州・中国 2週間の旅 10日目




2008年5月20日(火)
昨日は雨の熊本城でしたが、今朝は再び快晴、朝一番の予定は、熊本県庁近くの水前寺成趣園です。
桃山様式の優美な回遊式庭園で肥後藩主細川氏ゆかりの庭園として有名で、出水神社を中心に能舞台などもあり、池、松、橋、築山などを配した庭園は見事な美しさです。
観光客相手のプロの写真屋さんが朝一番ということでまだ暇そうにしていて
「貴方のカメラで撮ってあげるよ」と庭園をバックにツーショットを一枚撮ってくれました。
「もっと寄り添って!」などと注文をつけられましたが、やはりプロ、素晴らしい 出来上がりです。
帰ってから一枚プリントして額にいれて飾り棚に飾ってあります。
水前寺を後にして、九州自動車道で佐賀県の吉野ヶ里遺跡へと向かいました。
1986年に発掘された大規模な集落跡や墳丘墓が邪馬台国論争を巻き起こした遺跡で一度行ってみたいと思っていたところです。
広大な遺跡に弥生時代の集落が復元され、くらしの状況などがわかるようになって います。
ずい分ゆっくり見学した後、吉野ヶ里歴史公園レストランで吉野ヶ里そうめんなど食べて次の予定地太宰府天満宮のある福岡へと走りました。
大和朝廷西の防衛拠点、菅原道真を祀った大宰府天満宮は学問の神様です、自分はもう遅い?ですが、孫のトモちゃんの為に手を合わせよくお願いしてきました。
そして太宰府天満宮の隣にある九州国立博物館はあまりゆっくりも出来ないので特別展示の国宝大絵巻展は見ませんでしたが、記念にクリームぜんざいを食べて休憩しました。
総ガラス張りのモダンな建物はサッカー場が一つすっぽり入るほどの大きな建物で、流石国立という感じがした九州国立博物館です。
今日の宿泊は博多駅前のビジネスホテル西鉄インで、チェックイン後キャナルシティや屋台街などを歩き博多の雰囲気を楽しんだ九州最後の日でした。

2009年12月22日火曜日

九州・中国 2週間の旅 9日目



2008年5月19日(月)
旅行人山荘は、ホテル所有の散策の小径も整備された5万坪の林の中にあって、片道15分ほど歩くと新鹿児島百景にも選ばれたという姿の美しい滝も見ることが出来ました。この林の中に予約制の露天風呂もあり、たまに鹿が入ってくることもあるとフロントの人に言われながらも霧島温泉郷の露天風呂を楽しみました。

今回九州・中国の旅で泊まったホテルではベストと思う環境とサービスの旅行人山荘、このホテルの予約に到った経緯も偶然でしたが、さらに驚いたのは、昨日チェックインの際フロントマンが何年か前まで我家の近くの三里塚の宅配便の会社で働いていたということでした。
広いようで狭い世の中と偶然の不思議さには驚きました。

そんな旅行人山荘を出て今日は天草を経て熊本城までが予定です。
途中から降り出した雨は天草へのフェリーターミナルがある八代まで来ても止みませんでした。

天草の北のはずれに近い天草松島までは松島フェリーで50分、11時40分の便は雨の中積載車両3台で八代を出航したのです。
天草5橋天草パールラインも雨では感動するような景色もなく、天草四郎やキリシタンにまつわる観光ポイントもいくつか在りましたが、天草物産館でランチにうに丼を食べたぐらいで一路熊本城へと走りました。

熊本城はちょうど本丸御殿が復元されて間もない時期でもあったため雨の平日にも係わらず大勢の観光客が訪れていました。
本丸御殿内を順路に従って見て周りましたが、大広間などその豪華絢爛さには驚かされます。
加藤清正が築城してから400年余、明治10年1877年に焼失し再建されたものとはいえ400年以上も前の優れた築城技術と各部屋の素晴らしい障壁画など見ごたえのあるお城でした。

一通りお城見学を終え、二の丸駐車場に停めたVOXYの中で今日の宿探し、予定していたメルパルク熊本に泊まることが出来ました。

2009年12月21日月曜日

九州・中国 2週間の旅 8日目




2008年5月18日(日)
昨夜は土曜日とあって予約なしの宿泊は難しいだろうと予測はしていましたが、やはり最初の指宿いわさきホテルは満室と断られ、泊まれたのは2番目の予定ホテル指宿フェニックスホテルでした。周囲にフェニックスが植えられ、散策出来る広い庭園のあるいいホテルでした。
今朝は先ずNHK大河ドラマ放送中でもある天璋院篤姫の生家である今和泉島津家の館跡へ行きまが、少し先に道の駅「いぶすき」があるので先にそちらに寄ってみました。海が見渡せる高台にあり眺めの素晴らしい道の駅でした。
海岸にある今和泉島津家の跡地は現在小学校があってその面影はつるべ井戸だけでしたが、篤姫人気で観光客が多く、地元の名物ガイドが案内するツアーの最後尾について面白い説明を聞きながら跡地見学をしたのです。
そして次に行ったのは、太平洋戦争で特攻隊の出撃基地があった鹿児島県知覧町にある知覧特攻平和会館です。沖縄の特攻で散った多くの若い兵士が、特攻を前に何を考えどう過ごしたか、多くの遺影、遺品、記録等が涙なしに見られないような展示でした。
同じ知覧町にある知覧武家屋敷群は薩摩の小京都と言われているようで、武家屋敷にある7つの庭園と共にしっとりとしたたたずまいを見せるきれいな町並みでした。
知覧JAレストランでランチをしましたが、売店では知覧茶が販売されていました。試飲させてくれました、購入してきたかどうかは思い出せませんがなかなか美味しいお茶でした。
ランチも済ませお茶も頂いて、次は今日の最終予定地霧島神宮ですが、又九州自動車道を戻り鹿児島空港側の溝辺鹿児島空港ICで下車し霧島神宮へと向かいました。
大きな年代物の木立に囲まれた参道、鳥居、神殿、なかなか厳かな雰囲気です。坂本龍馬がおりょうと新婚旅行に来たところだとか、パネルが立てられていたのも印象的でした。
そして今日の宿は霧島温泉郷にある旅行人山荘でここも事前調べでNo.1に予定した温泉宿です。
篤姫の生家見学の際、ツアーの後にくっついてガイドさんの説明など聞いていたのですが、ツアー客の一人が「もし今夜のホテルが決まってなければいいところを知ってます」と紹介してくれたのが奇しくも同じこの旅行人山荘だったのです。
その偶然に驚きながらも、その時「それではお願いします」とその方に予約をしてもらっていました。このホテルでメンテナンスをやっている業者の方とかで2名の予約がとれたことでその方も喜んでいました。
そんな旅の出来事が、旅をさらに楽しいものにしてくれることにつながり、いい気分で旅行人山荘にチェックインしたのです。

2009年12月20日日曜日

九州・中国 2週間の旅 7日目



2008年5月17日(土)
昨日は日南フェニックスロードを離れ、国道222号線を少し入り、かんぽの宿日南に「空室あり」の表示を見つけて泊まりました。
今朝は先ず近くにある飫肥城跡と周囲の武家屋敷や町並みなどを見に出発です。昨日掘切峠で出会った札幌から来たというミニバン夫婦との会話の中で、「飫肥はどうですか?」と聞かれ、予定地に入れてなかったこともあり「たいしたことないんでは?」と返事はしたものの気になって昨夜かんぽの宿でパンフレットなど見て今日行くことにしたものです。
結果は、来て良かった! 本丸(本丸跡地は小学校になっていました)こそ残っていませんが、城跡の雰囲気は充分あり、大手門そばの予章館とその庭園を見たり、明治の外交官であった飫肥出身の小村寿太郎の記念館を見たり、歴史資料館を見たり、古い町並みを歩いたりとなかなかいいところだったのです。

そして今日の目標地は指宿なので、国道222号別名飫肥街道を走り、途中萱葺き民家のような建物が印象的な道の駅酒谷で休憩しながら都城を抜けて末吉財部ICから東九州自動車道に入りました。

桜島SAで桜島を眺めながら少し遅めのランチをし、東九州自動車道は薩摩吉田ICで降りカ-ナビに設定した仙厳園を目指します。
仙厳園は島津家の別邸があったところで、桜島が前面に広がる素晴らしい庭園と共に幕末にいち早く近代的な製鉄技術を取り入れた反射炉などの跡地もあります。この歴史的遺産が県や市の所有でなく島津交通の所有であるところも興味深い点です。
当初鹿児島港からフェリーで桜島に渡ってみようかとも思っていましたが桜島で泊まったりしていると何日の行程になるかわからないので鹿児島市内で島津家の城だった鶴丸城跡を横目にみながら指宿スカイラインへと入り宿泊予定の指宿温泉を目指したのです。

2009年12月19日土曜日

九州・中国 2週間の旅 6日目



2008年5月16日(金)
今日も快晴、先ずはホテルからも近場にある高千穂峡へ行きました。 高千穂峡は約12万年前と約9万年前の二回の阿蘇山噴火の際、噴出した溶岩流が五ヶ瀬川に沿って流れ出し、急激に冷却された侵食谷....とHPに書かれていましたが、高千穂という日本国誕生神話に満ちた地にあることが一層自然の神秘を感じさせます。                          

渓谷の河原につくられた遊歩道を歩き奇岩や滝や3重にかかった橋の景色などを見たり、ところどころツアー客のガイドさんの説明を後で一緒に聞いたりしてから高千穂神社へとVOXYを走らせました。

高千穂神社には人影もなく樹齢何百年もする杉と古そうな社殿が厳かさを漂わせていました。お参りしてから国道218号別名神話街道を日向灘の延岡市へ向って走りました。                 

途中この道でいいのかな?と思うような細い山道もありましたがカーナビは正しく延岡市へと入ってきました。今日のランチは海がきれいに見える日向道の駅の庭のテーブルでした。               

そしてその後バブルの申し子のようなシーガイアリゾートの施設群をながめ、今や観光名所になった宮崎県庁へ行ったのです。庁舎内ツアーもあるようですが外観をみてから、観光客で賑わう隣の宮崎物産館へ行ってみました。東知事の似顔絵入りのお土産品が所狭しと並んでいるのに驚きながら似顔絵があれば売れる?その影響力のすごさをあらためて感じたのです。                                       

県庁を過ぎると国道220号は宮崎南バイパスを通り海岸線の美しい日南フェニックスロードにつながりますが、快晴なので空の色と海の色のブルーも鮮やかだし海岸線は特にきれいです。            

目的地は日南フェニックスロードでも特に美しいと云われてる掘切峠とフェニックス道の駅そばの景観です。道の駅でゆっくりコーヒーを飲みフェニックスと美しい海岸線を楽しんで、あらためてお天気に恵まれた今日この場にいることに感謝したのです。

2009年12月18日金曜日

九州・中国 2週間の旅 5日目




2008年5月15日(木
快晴が続く九州・中国の旅も今日は5日目、昨日までの走行距離は1277kmになりました。
一夜明けた湯布院、朝食の時隣のテーブルの方に由布岳をバックにツーショットを一枚撮ってもらったりしながら、ゆったりとした時間を過ごせるのも気ままな旅の良さです。

昔は、九州の有名な温泉地に湯布院の名は無かったと思います。何時の頃から、誰が、この地をこれだけ人気のある温泉地に仕立て上げたのか知りませんが、由布岳を囲む大自然の中、温泉の泉質も良くいい温泉地でした。

温泉も食事も良かったゆふいん七色の風をチェックアウトして、昨日パスした別府温泉の地獄めぐりへと戻りました。海地獄、坊主地獄など湧き出す熱湯のすごさに、感心しながら見て回ること小一時間、阿蘇山までの先も長いので朝来た大分自動車道を湯布院ICまで戻り湯布院の金鱗湖へ。湖の西半分に温泉が湧き、東半分に清水が湧くという不思議な湖です。湖に手を入れると暖かくそれでて魚を見かける不思議さでした。
次は2006年10月30日に開通したばかりの長さ390m高さ173m、日本一の九重「夢」大吊橋へと、やまなみハイウエ-を走りました。日本一を体感すべく吊橋通行料500円を払って往復してみましたが、やはり大きくてもそこそこ揺れるのと下を見ると谷なので地上の390mより長く感じられました。
快晴の今日、阿蘇くじゅう国立公園を走るやまなみハイウエーは快適で長者原で休憩、阿蘇5岳を見渡せる昭和天皇皇后お立見処と書かれた城山展望所で雄大な阿蘇の山々を眺めた後、阿蘇山へと向いました。
阿蘇山手前で、直径1kmの大草原、草千里を見てから今日最後の目的地阿蘇山へと到着。世界最大級の複式火山で東西18km南北24kmとか、ガスの吹き上がる火口と何度あるのか分りませんが火口の薄緑色した熱湯は神秘的というより恐い感じです。自分は二度目の阿蘇山でしたが二度共火口が見えたのはラッキーということでしょうか。ガス濃度の注意標識や噴火時に備えたコンクリートの避難所も数箇所あって活火山であることが実感出来ます。
この後、明日は高千穂峡なので出来るだけ近くに宿をと思い高千穂町で探したのですが適当なところが無く、雑誌のお宿ガイドで見つけたホテルへ電話して予約が出来ましたが、到着してみたらそこは今にも廃業しそうな古い田舎のホテルで5泊目にして予約なしの旅のマイナス面を経験することになったのです。

2009年12月17日木曜日

九州・中国 2週間の旅 4日目



2008年5月14日(水)
部屋も眺望も素晴らしかった昨夜の宿安芸グランドホテルを後にして、今日の最初は山口県岩国にある日本三名橋といわれている錦帯橋です。 1673年江戸時代に出来た最初の橋は1950年に台風による洪水で流失、1953年に再建、そして48年後の2001年から3年かけて架け替えが行われたそうです。
錦川の河原の駐車場にVOXYを入れて、先ずは錦帯橋を渡ってみました。木製アーチ状なので歩くのに実用的ではありませんが、適度な斜度で楽しめます。対岸の河原から錦帯橋を見るとバックの山頂に岩国城が見えなかなかの景観です。
アーチ状の橋も美しいですが、橋の下から木組みを良く見ることが出来、その造橋技術が今に伝承されているということにも素晴らしさを感じました。

そして今日の二番目は関門海峡を見下ろす「海峡夢タワー」です。山陽自動車道は下関JCTで中国自動車道とつながります。そして中国自動車道下関ICで一般道へ。タワー近くの市営駐車場へVOXYを入れてタワーへ行ってみましたが、平日とはいえこの時間展望台にいたのは2、3人です。
快晴だったこともあって、遠くにつり橋「関門橋」、対岸の北九州市そして宮本武蔵と佐々木小次郎が決闘した巌流島も良く見え関門海峡の素晴らしい景色を楽しめました。

ランチを済ませ、さっき夢タワーから眺めたつり橋関門橋を渡っていよいよ九州へと入ったのです。

このつり橋を眺めるのに絶好なPAがありますが帰りに見ることにして、北九州JCTから東九州自動車道へ入り途中一般国道10号で先ずは一路今日の宿泊予定地湯布院へと向いました。

湯布院ではぜひこのホテルに泊まりたいと事前に調べてきたゆふいん七色の風の予約も途中から携帯電話ですでに取れていました。
ホテルは湯布院の温泉街を見下ろす小高い丘の上にあってゆったりと取られた敷地にはオムニのテニスコート3面もありリゾートタイプの感じのいいホテルでした。

今回の旅で湯布院温泉指宿温泉霧島温泉の3つの温泉には時間調整をしてでも泊まりたいと決めていた訳ですが、その第一番目が今日の湯布院です。しかも一番候補に宿泊予約が出来たことで期待をしていましたが、その期待通り温泉よし食事良しで二人で飲む生ビールは格別に美味しかった湯布院の夜でした。

2009年12月16日水曜日

九州・中国 2週間の旅 3日目




2008年5月13日(火)
昨日泊まったところが倉敷紡績の工場跡地とあって、チェックアウト前に敷地内にある倉紡記念館とアイビー学館の2箇所を見て回りました。
倉紡記念館は、倉敷紡績のなりたちから戦後に至る発展がパネルや展示品、模型などから知ることが出来て興味深くかなりの時間詳細に見て回ったのです。
3月の四国の旅の帰りに寄れなかった倉敷ですが、美観地区に限らず落ち着いたいい雰囲気の町でした。
そして今日は早3日目、倉敷出発が遅くなったけど倉敷ICから広島まで山陽自動車道を走ります。
広島市街へ入ってからランチをしていては少し遅くなるので、河内ICを過ぎた小谷SAでキツネそばに焼きたてパンでの昼食です。
広島で山陽自動車道を降りて、ナビの言うとおり走ると広島平和記念公園へ着きました。でも駐車場がなく街中のビルの谷間に見つけた駐車場に入れて早速原爆ドームへと歩きました。自分は昔来たことがありその時見た平和記念資料館での数々の悲惨な写真や焼け爛れた物品などはあまりにも鮮烈だった記憶があって今回この資料館はパスしました。 
1996年世界文化遺産に登録された原爆ドームは核兵器廃絶と平和を願う象徴として保存されてきていますが、いまだに世界から核兵器は無くならず、この先無くなる見込みさえない現実には情けないものを感じます。
原爆ドームを見て安芸の宮島へ向います。 今日はもう時間が遅いかなと思いつつフェリー乗り場の駐車場へ来ると、駐車場のおっさん曰く「まだまだ充分時間があるから行ってきな」。駐車場1000円は高いがそのまま停めてフェリー乗り場へ。
修学旅行の中学生や宮島住民と一緒にフェリーに乗ること10分、今回3つ目の世界文化遺産である厳島神社がある宮島へ上陸。
フェリーに乗ってから分ったが宮島は以外に大きな島でした。1400年の歴史を持つ厳島神社、外国人観光客もかなりいて、やはり世界文化遺産という重みを感じるものです。
満潮時ではなかったので海に浮んでいるように見えるタイミングは逃したものの朱塗りの廻廊と社殿は美しく見ごたえがありました。いつか訪れてみたいと思っていた厳島神社、この美しい神社が将来海面上昇によって床上まで海水が来る様なことがないことをひたすら祈ったのです。
フェリーで宮島口まで戻り今夜の宿をカーナビの周辺施設から探しごく近くに安芸グランドホテルがあることがわかり早速ホテルへ。そして広島湾と厳島神社の大鳥居が見える最高の部屋を確保することが出来た3日目だったのです。

2009年12月15日火曜日

九州・中国 2週間の旅 2日目



2008年5月12日(月)

ホテル日航大阪の地下駐車場を出発したのは9時頃でした。大阪の都市高速道路もカーナビのガイドで難なく抜けてあとは山陽自動車道へ。山陽姫路東で一般道へ入りカーナビの指示通り姫路城前の市営パーキングに入ることが出来ました。
駐車場では係りの人でしょうか、「久しぶりに千葉ナンバーを見ましたがどちらから?」と声をかけられたのです。 自分は何年か前まで千葉の市原にいたとか....。遠くへ旅をした時同じ県のナンバーを見ると親しみを覚えるのは誰しも同じようです。
1993年に日本で初めて世界文化遺産に登録された姫路城は白鷺城と呼ばれるだけあってその姿がとても優雅です。
天守閣へはハシゴに近い階段を登るのですがその数も多くかなりの運動量です。姫路城の築城から最後の城主まで一度も戦火にまみえることが無かったこの城の変遷に思いを馳せるとき運命の不思議さを思わずにはいられませんでした。
姫路城前の更科そばで遅めのランチを済ませ、カーナビに岡山後楽園を設定します。
自分は昔若い頃来たことがあったのですが、どんな庭園だったのか記憶も薄らいでもいたし、Wifeは初めてなのと日本三大名園の一つでもあり今回の旅に入れたのです。
あらためてこの庭園を眺めると芝が多く手入れ管理が大変だろうと他人事ながら心配になるのは我家の芝庭管理でその大変さを実感しているからでしょう。
後楽園では番茶セットで休憩しましたが時間に終われるツアーでなく個人の旅の良さを満喫出来たのです。 又ここ後楽園は唯一今回の旅を通して65歳以上の入園料が免除されたところです。
駐車場に戻りいよいよ今夜の宿探しです。幸い宿のガイドマガジンに掲載されていた「倉敷アイビースクエアー」というところを予約出来たので高速道路を使うこともなく一般道で岡山から倉敷まで走りました。
到着してみて今夜の宿がとても由緒ある倉敷紡績工場の跡地にあることとホテルの建物も昔の工場の建物を利用していることを知ったのです。
建物の壁面は一面緑のアイビーで覆われとても趣があります、それに加えてホテルロケーションがなんと倉敷の美観地区に隣接しているという申し分ないところだったのです。
チェックインして部屋に荷物を入れましたが、まだ時間も早かったので倉敷の美観地区を散策しました。倉敷川にかかる太鼓橋になっている中橋と角にある考古館(写真)の風景は倉敷を代表するような景色ですし、川岸の柳と古い建物が日本文化を代表するような町並みになっています。大原美術館や倉敷民芸館などもあり1日2日滞在してもいいと思うようなしっとりとしたところでした。

2009年12月14日月曜日

九州・中国 2週間の旅 1日目


2008年5月11日(日)

さあ今日から約2週間二人で行く中国・九州の旅の始まりです。
予約したホテルは今夜の大阪だけ、あとは行く先々でホテルを見つけながらカーナビ頼りの気ままな旅、無事に行ってこられるでしょうか。
車には、プラスチックの衣装ケースに入れた2週間分の着替えや予備のスニーカー、傘や常備薬など昨日のうちに積み込んであります。
朝は生憎の雨、でも予報では西から回復してきているというから東名を少し走れば晴れてくることだろうと期待しながら出発したのは8時でした。
雨の日曜日とあって首都高速も空いていて足柄SAで休憩したのはまだ10時でした。道路公団も民営化されSAやPAの改装が次々に行われていますが、ここ足柄SAもとてもきれいになっていました。
浜名湖SA到着が丁度12時、お昼を食べ浜名湖の景色を眺めながらしばしの休憩です。
東名の豊田JCTでカーナビは伊勢湾岸自動車道を選び四日市をめざして伊勢湾上のいくつも繫がった 美しいつり橋を走りました。
四日市を過ぎて亀山JCTまで来るとカーナビ上の地図は一般道を表示していて高速道路はないのですが、実際には4月に亀山JCTから草津田上ICまで新名神が開通していたのです。
新しい高速道路とあって片側3車線、トンネルも巾が広く圧迫感もなく、12kmほど短縮出来ているそうです。
予約のホテル日航大阪へ着いたのはカーナビが出発時に示していた17時でしたが、御堂筋がフェスティバルで歩行者天国になっていたためホテルの駐車場にたどり着くのに大変苦労をさせられました。
夜は心斎橋筋のお店をのぞきながら道頓堀まで歩き、話題になっている食道楽の人形をみてから、居酒屋「華の舞大阪道頓堀店」へ入って先ずは無事に大阪まで来たことの乾杯、かつお日南、活三種盛り、ゴーヤチャンプル、ちゃんぽん、串盛り等を食べながら第一日目を終わったのです。

2009年12月13日日曜日

腱鞘炎の手術

2008年3月31日(月)
四国の旅から帰り、いよいよ今日は右手腱鞘炎手術の日です。

思い起こせば....
痛みをガマンしてきた年末年始、お正月三が日が終わった4日、近所の病院の整形外科へ行きました。
これ以上痛い注射は経験したことがないほど痛かった中指へのステロイド注射、12日再び通院したら「手術した方がいい」と簡単な一言を聞くことになりました。

その時、もし手術をするならもっと専門性の高い手術経験の豊富な病院でなければと思いインターネットで知った佐倉整形外科病院での治療を始めたのが翌週の17日でした。

何度か通院治療するも、「手術で100%治るということは保証できないが、でも手術した方がいい」という先生の話に、この痛みをこの先抱えたままでは....と手術を決心したのです。

手術室に入り、手術衣の先生を見ると昔時計の修理屋さんがしていたような拡大鏡を目にはめ込んでいます。3人の看護士に囲まれて手術台の上で手の局部麻酔をしていよいよ手術ですが、手のひら中指の下の部分を切開し腱の周囲の厚くなった滑膜を削り取る手術を見る勇気はありませんでした。
4、50分かかったでしょうか、切開した部分を縫い合わせ手術終了、あとは治ることを信じて待つしかありません。
そんな腱鞘炎の手術でしたが、その後のリハビリで日毎に指が動かせるようになって....そして1年9ヶ月、腱鞘炎だったことをまるで意識しなくなった今、思い切って手術して本当に良かったとつくづく思っています。

2009年12月12日土曜日

四国の旅 五日目


2008年3月27日(木)
昨日の宿道後温泉のふなやは、創業370余年という歴史もさることながら、敷地内に流れる渓流ともみじの庭園が素晴らしいところでした。そんな宿をチェックアウトして路面電車の走る松山市街を通り向ったのは松山城です。

近くの市営駐車場へレンタカーを入れてロープウェーで上がります。ここ松山城は市を見下ろすような山の上に築城されていて歩いて上るにはかなり時間がかかるようです。
天守閣には登りませんでしたが、かなりの観光客で賑わっていました。今や他の観光地同様韓国や台湾の観光客もいて観光地の国際化?が一段と進んでいるのを感じます。

松山城観光を終えたら今回の四国の旅最後の予定しまなみ街道です。
愛媛の今治ICから広島の西瀬戸尾道ICまで瀬戸内の島々を結んで約60km普通車で4700円のしまなみ街道です。
来島海峡大橋、伯方・大島大橋、大三島橋、多々良大橋、生口橋、因島大橋、新尾道大橋の七つの橋を走るしまなみ街道は、各島々にも見どころ多く楽しめるところですが、今日は帰りの新幹線新神戸発のぞみ34号16:38分に乗らなくてはならず残念ながら時間がありません。

そんな訳で最初の来島海峡大橋を渡った大島にある亀老山展望公園へと急ぎました。ここは、七つあるつり橋の中でも一番美しいつり橋来島海峡大橋を遠くに見下ろせる展望もすばらしい公園なのです。車を停めて展望台へ上がる道端、お土産の露店で見つけたアンパンマンのバスタオルを孫のトモちゃんにとババが買い求めていました(笑)。

そして旅の最終日、本日分の距離と時間見積りがいい加減だったことで、今日寄るはずだった倉敷を素通りして一路新神戸へ向って山陽道を義兄がレンタカーを飛ばしてくれたのです。

4泊5日の義姉夫婦と4人での四国の旅は終わりましたが、四国がずっと身近に感じられるようになったことや、日本という国が出来ていく過程で活躍した人が多く四国から輩出されていることをあらためて感じた旅でした。

2009年12月11日金曜日

四国の旅 四日目




2008年3月26日(水)
快晴が続く四国の旅も4日目、足摺パシフィックホテル花椿をチェックアウトして足摺岬へ。この附近はツバキが多く来る途中の県道も「椿の道」と名前がつけられていました。
この地に生まれ日本人として初めてアメリカ大陸に上陸したジョン万次郎が幕末から明治にかけての日本の国づくりに果たした功績を讃える銅像が立つ公園から、椿の中を少し歩くと四国の最南端足摺と白亜の灯台の景色が見えてきますが絵にしたいほど美しい景色でした。

足摺岬から昨日来た国道321号線を四万十川まで戻り、四万十市役所観光課で佐田の沈下橋への道を聞きました。日本最後の清流と云われる四万十川には9つの沈下橋があるが欄干なしの橋という知恵はいつの時代に生れたのでしょうか。

佐田の沈下橋は近くに駐車場所もあって観光の目玉になっているので渡ってみましたが、静かに流れる四万十川は特に危険も感じませんが、橋に水がかぶらないまでも橋直下まで水がきているような時には地元の慣れた人しか渡れないだろうと思いました。
この後、目の前に沈下橋が見える小さなお店でランチをし、国道とは云え対向車とすれ違えないほど曲がりくねった狭い道を四万十川沿いに走り清流を眺めながら5箇所の沈下橋を見ました。
そして今日は愛媛県西予市宇和町にある開明学校を見学し、同じく愛媛県の内子町にある内子座を見学した後、夏目漱石の坊ちゃんゆかりの道後温泉へとレンタカ-を走らせ、その昔漱石はじめ正岡子規や高浜虚子らにも愛されたという今夜の宿「ふなや」へと入ったのです。

2009年12月10日木曜日

四国の旅 三日目



2008年3月25日(火)
昨夜の城西館はなかなかいい宿でした。明治七年の創業とか、施設もいいし料理も素晴らしかった、高級食材でのお刺身又その新鮮さがダントツ。露天風呂からはライトアップされている高知城が良く見えるし、このホテルの屋上にもお城を照明するライトが設置してありました。

今朝はそんな城西館に車を預けてまずは山之内一豊の高知城へ。司馬遼太郎の「功名が辻」はNHKの大河ドラマになり山之内一豊が土佐に来て高知城を築城する経緯はまだ記憶に新しいので興味も倍増。

天守閣まで登ってのお城見学、野面積みの立派な石垣...素晴らしいお城で現在は国の重要文化財に指定されています。

このように、お堀で囲まれているようなお城のある都市は、当然ですが歴史を感じるし趣のあるいいところが多いようです。

特に高知市は坂本龍馬生誕の地という歴史的重みもあり路面電車の走る町並みは良く整備されていて美しい。
高知城ちかくの魚市場の中で食事をした後、歩いて旧山内家下屋敷長屋を見学し県庁前から路面電車に乗って城西館に戻ったのです。

高知へ来ればやはりペギー葉山の歌にもある「桂浜」、坂本龍馬を育んだ美しい浜を写真に残して帰ろうとレンタカーを走らせました。
3月でもあり人影も少ない浜へ寄せる白い波、月の光はありませんがとてもきれいでした。浜で孫のトモちゃんへのお土産にとWifeがきれいな小さい貝殻を拾い集めてくれた桂浜でした。
そして今日も義兄の運転するレンタカー日産セレナで次の宿泊地足摺岬へと走りました。

2009年12月9日水曜日

四国の旅 ニ日目


2008年3月24日(月)

今日は先ず金毘羅宮のお参りです。金刀比羅宮ともまれに琴平宮とも言われますがなにしろ本殿まで1368段あるこのお宮参りは足腰丈夫でなければ登りきれません。今日は最初から途中までということで引き返し、昔の面影が濃く残る門前町の雰囲気を楽しみながらお土産を買ったりして次の予定地歩危小歩危へと走りました。

吉野川にあるこの名勝地はさほどの景観でもなく日本全国この程度の渓谷美はいくらでもある?などと思いながら村営の道の駅らしきところで讃岐うどんでのランチです。
杉を中心とした森林産業をなんとか活性化させたいということでしょう、杉で作った木工品がお土産に並んでいます。そんな中から可愛い小鳥の巣箱を買ってレンタカーに載せました。

国道32号線から県道45号に入り祖谷トンネルを抜け祖谷川にかかるかずらでつくられているつり橋かずら橋ですが渡るのに500円かかります。渓谷の上でゆらゆら揺れるつり橋を渡ってみようと義兄と二人で渡ってみました。昔は本当にかずらだけで作られていたのですが現在は観光客の安全のためもあってワイヤーロープが中に隠しこまれていました。橋の周囲には土産物店も並んでいて、期待していた山奥のかづらだけのつり橋....期待とは少し違いましたが、ゆらゆら揺れるつり橋はいい経験でした。

鮎の塩焼きなど食べてから近くにある平家屋敷に寄ってみました。平家に関する歴史民族資料館でこの近辺に落人として隠れ住んでいたことが展示品からもわかります。
今夜の宿は高知城近くの城西館、高知自動車道で高知市内へと走りました。

2009年12月8日火曜日

四国の旅 一日目


2008年3月23日(日)
今日から義姉夫婦と一緒に4人で四国への旅です。腱鞘炎で傷む右手はこの旅行から帰って31日に佐倉整形外科病院で手術することに決めているので今回のレンタカー運転は義兄におまかせです。
新幹線のぞみ17号は定刻9:33に東京駅を出発し定刻の12:24新神戸に到着、今回はトレンタ君でチケットを購入しているのですぐに新神戸駅からNissanのミニバンに乗り込みました。

神戸と淡路島を結ぶ明石海峡大橋を渡り、まずは鳴門の渦潮を見に鳴門公園へ。鳴門海峡にかかる大鳴門大橋の下につくられた渦の道(500円)をわたり渦の真上まで。時間が少し遅かったこともあり 渦は小さくあまり迫力は感じませんでしたがまあ鳴門の渦潮を見たということで....。そして一路国道11号を走り徳島県から香川県の屋島へ。屋島から見る播磨灘、遠くに小豆島が見えるものの工業化に伴う様々な施設が多く見えて源氏と平家の昔に想いを馳せるような景色はありませんでした。

屋久島から丸亀にある今日の宿オークラホテルへ。ホテルからは瀬戸中央自動車道にかかる瀬戸大の夜景が見えます。今回の旅ではこの橋を渡ることはないので遠景をみるだけですがとてもきれいなつり橋でした。さあ明日は高知まで行きます。

2009年12月7日月曜日

河津桜


2007年8月で一年もたずにcloseしたブログ「私の一年365日」ですが、もう一度書こうという気分が湧き上がってきて....今日の再開のアップロードになりました。
しばらくは、書いてなかったこの2年、2008-2009年の旅の思い出などをメインにしながら書ける時だけ書いていこうと思っています。
2008年2月25日(月)
前々から一度見たいと思っていた2月に咲くサクラ河津桜、1泊2日での計画も出来て今日は二人で出発です。
心配なのはドライブ、昨年秋からの腱鞘炎が悪化した右手は箸も持てず、歯ブラシさえも左手での毎日なのです。
たまにやっていた植木の仕事も完全にやめて、お客様にも廃業のご案内を終えた今年はなんとか腱鞘炎を治して日常の事が出来るようにするのが目下の最大課題です。
そんな状況下での今日のドライブ、それでも右手はハンドルに添えるだけでなんとかなるだろうと出発....。

東名を沼津ICで降りて国道414号沿い、先ずはそろそろ空いたお腹を満たそうと見つけた和風の外観が少し高級そうな蕎麦屋に入りました。食べたのはサクラエビの掻き揚げ蕎麦....かなり高かったのですがでもさすが美味しいサクラエビの掻き揚げ蕎麦でした。
そして次にめざしたのは、石川さゆりのあの歌「天城越え」で名高い浄蓮の滝です。そんな大きな滝ではありませんが伊豆という観光地にあって手軽に行けるところということでの人気もあるのでしょう、平日にも拘わらず結構な観光客が来ています。近くにはワサビ田もあったりして結構楽しめる滝です。
ここもそうですが、急な階段をしばらく下りないと滝は見えません。足腰丈夫なうちしか見に行けないところは多く筋力維持はこれからますますの課題です。
414号をさらに南下、天城峠を越えて河津町に入り七滝ループ橋を経由して,先ず駐車場を探してから川津町役場へと歩きいよいよ川沿いに咲く河津桜です。大勢の観光客に混じっての一足早
いお花見、ネットで見てきた開花情報とは少し違うかなという感じのまだ満開とはいえない状況でしたがそれでもとてもきれいでした。
2月に開花する河津桜が植栽されて何年になるのか分りませんが、今こうして大勢の観光客を呼べるようになるまでかなりの年月を要したことでしょう。
河津桜の見物を終えて今日の宿泊は以前天皇皇后が河津町に来られた時休憩されたという国民宿舎かわづ、古い施設で今時こんなところで本当に休憩されたの?と思えるようなところでした。
2008年2月26日(火)
今日は国道135号を海岸線に沿って北上、稲取温泉、熱川温泉を経由して大室山です。
向かいがシャボテン公園、駐車場にVOXYを停めるも他にあまり車は駐車されていません。お土産やの中を抜けてリフトで大室山へ。
大室山は野焼きをするそうですが今年は当日風が強く延期になったそうでまだ燃してなかった大室山を見てきました。
火口周囲を歩き頂上からの相模湾のながめを楽しんだ後、真鶴を経由し西湘バイパスにあるお気に入りの小料理屋「舞網」でイクラとウニとマグロの三色丼を食べてから湯河原梅園 で観梅をしての1泊2日の桜と梅の旅でした。